まこっちゃんのそれなり日記

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【異端者か!?救国の女神か!?】フランスを導いた少女、ジャンヌ・ダルク

世界の歴史上、女性でありながら戦場でその知勇を振るった、所謂「女傑」とされる人物は何人もいますが、その最たる例と言えば、やはりフランスの「ジャンヌ・ダルク」ではないでしょうか。

 

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ジャンヌ・ダルクとは

ジャンヌ・ダルクは現在のフランス東部で、農家の娘として生まれましたが、神の啓示を受けたことで、フランス軍に従軍したとされています。

 

彼女が歴史の表舞台に姿を現すようになるのは、イングランドとフランスの間に起こった「百年戦争」の後半、1429年でした。

 

当時フランスはイングランド軍の侵攻を受けて危機的状況でしたが、「神の声」を聞くことができたジャンヌがその声の導きに従い、「オルレアンの戦い」でフランス軍を率い、イングランド軍を退けるほどの戦果を挙げます。

フランスからすれば、まさに「救国の女神」であったジャンヌは、このとき若干17歳の少女でした。

 

しかし、翌年のコンピエーニュでの戦闘でジャンヌは、フランス王の親族でありながらイングランド王と同盟を結ぶブルゴーニュ公の軍に敗れ、兵士たちを退却させるために戦い続けた彼女は捕虜となってしまいます。

 

イングランドに引き渡されたジャンヌはその信仰心を疑われ、異端審問にかけられます。

 

(もともと異端審問による最高刑は破門でしたが、中世のカトリックにおけるそれは過激さを増していて、異端とされたものには処刑や拷問が待っていました。

この過激な異端審問は、「魔女狩り」と称して多くの女性を火あぶりにするという虐殺行為に繋がったとして、人類の黒歴史として現在も問題視されています。)

 

そして、ジャンヌに敗れたイングランドはその恨みから、無理矢理に彼女を「異端者」に仕立て上げ、異端の判決が下されたジャンヌは火あぶりとなり、わずか19年という短い生涯を終えることとなってしまいます。

 

 

なぜ若干17歳の少女が軍を率いることになったのか?

オルレアンの戦いでジャンヌがフランス軍を率いて活躍した、と書きましたが、そもそもなぜジャンヌは軍を率いることができたのでしょうか?

 

普通に考えれば、王族でも貴族でもない農民の娘に、軍が従うわけはないですよね。

 

一つには、ジャンヌを「神の使者」であると祀り上げる民衆の声が、王族まで伝わるほどだったことが挙げられます。

 

幼い頃から信仰に厚く、「神の声」が聞こえるとまで言う彼女の言葉は、長い戦争で疲弊し、絶望していた民衆に指示されたんですね。

 

そうしてジャンヌは王太子シャルル7世(後のフランス王シャルル7世)に会うことができ、王太子の前で「自分はオルレアンの包囲を解かせるために、神に使わされた」と言い放ったそうです。

 

また、オルレアンに向けて物資を運ぶ舟が、向かい風の影響で立ち往生していましたが、ジャンヌが物資の積み込み場に行くと、風向きが変わって舟が出せるようになったそうです。

 

これを目撃した人々は「やはり彼女は神の使いだ」とますます思うようになり、オルレアンに入城するころには、ジャンヌは大歓声で迎えられるほどになっていました。

 

 

ジャンヌはやっぱり異端者だった!?

イングランドの恨みなどを抜きにしても、当時の異端かどうかの基準に照らし合わせると、ジャンヌは異端者ということになってしまうようです。

 

というのも、当時の正統か異端かの基準は、「ローマ・カトリック教会という組織に従うかどうか」というものだったからです。

 

言ってしまえば、「同じ神を信仰はしているけど、ローマ・カトリック教会とはちょっと考え方が違うんだよねー」とか言う人がいれば、それはもう当時の基準からすると異端者とされてしまうんですね。

 

ジャンヌの場合は、信仰という部分に問題はありませんでしたが、教皇の代理である聖職者たちから「教会に服従するように」と勧告されるも、それを拒んだことで異端とされてしまいました。

 

権力って怖いですね・・・。

 

 

ジャンヌ・ダルクを描いた映画

「カッコイイ女性」の代名詞のようなジャンヌ・ダルクはフランスはもちろん、世界各国で大人気です。(イングランドではどうか分かりませんが・・・)

 

そのため、たびたび映画化もされています。

記憶に新しいところだと、ミラ・ジョヴォヴィッチが演じたものでしょうか。

 

 

まとめ

彼女は確かにフランスを救い、英雄となったのかもしれませんが、戦争を知らない私のような人間からすると、「英雄なんかにならなければ、もっと長生きして幸せな人生を送れたかもしれないのに」と思ってしまいます。

 

幸せの形は人それぞれとは言いますし、彼女が戦ったことには意味があるのでしょうが、やはり年端もいかない少女が火あぶりなんて残酷な死に方をしてしまうのは許されることではありません。

 

19世紀から20世紀にかけて、ジャンヌを処刑したローマ・カトリック教会が聖人の一人として彼女を崇めることとなりました。

 

ジャンヌ・ダルクは時代に翻弄され続けた一人の女性だったのです。

 

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